| 11.30.2024

サンルイスポトシの青い鹿①

「新大陸」との遭遇がヨーロッパに伝えたものは多かった。

トウモロコシ、インゲン豆、かぼちゃ、唐辛子、ジャガイモ、トマト、アボガド、パイナップル、パパイヤ、グァバ、ピーナッツ、サツマイモ、ひまわり、ダリア、ポインセチア、コスモス、バニラ、ゴム、タバコ、そして、カカオ。

こう見てみると私たちがこれまで自分たちの「文化」や「伝統」だと思ってきたものが、すでに混ざり物でしかなかったということをあらためて思い知らされる。トマトと唐辛子なしのイタリア料理を想像することは今日の私たちには難しく、じゃがいいもやかぼちゃなしに美味しい煮物を作ることもいまや簡単ではない。だけど、それらの作物はいずれも16世紀以前には新大陸の外には存在しなかった。たった500年前の話だ。

16世紀、アメリカ大陸で5000万人以上の死者を生み出し、惑星規模の寒冷化さえ引き起こしたコンクエストを「悲劇」として以外の文脈において語ることは、あるいは正しくないのかもしれない。ただ、そうした政治的な反省とは別に、私たちがすでにコンクエスト後の世界を、チョコレートと焼き芋と七味唐辛子とピーナッツバターのある世界を生きているという、身も蓋もない現実は動かない。私たちはそれを「悲劇」だと認識しながら、バニラアイスの甘みに舌を蕩かせている。そもそも、その甘露が否定すべき過去から滴ったものだということを逐一意識するような物好き自体、そういるものでもない。

 

エルナン・コルテス(画像引用/https://ja.wikipedia.org/wiki/エルナン・コルテス#/media/ファイル:Retrato_de_Hernán_Cortés.jpg)

メキシコである人に尋ねてみたことがある。あなたはエルナン・コルテスという人物について今どう考えているんですか、と。彼はしばし沈黙したのち、無表情でこう答えた。

「彼はこの地をコンクエストした人物だよ。それが全てさ」

正確には彼とは英語で話していいたため、最後のフレーズは「That,s all」という表現だったのだけど、そのセンテンスのあまりのシンプルさと、そのシンプルなセンテンスに含み込まれたメキシコの歴史のあまりの複雑さに、返す言葉が見当たらなかった。

メキシコ各地の教会で、磔刑のイエス像やグアダルーペの聖母像を前に跪き、涙を流しながら祈りを捧げているオリヒナリオ(先住民)の人たちを目にした時も同じだった。言葉が見当たらないのだ。

幾重にももつれあった歴史の糸の先端で今日も私たちは生きているという現実、それを肯定するでも否定するでもなく、ただ受け止めることしか、ひとまず私たちにはできない。でも、せめてもう少し、知りたいと思う。バニラアイスのまったりとした甘味に潜んでいる雑味を、「That,s all」の含蓄を、もう少し、感じたいと思う。

私たちは旅に出ることにした。チアパスからメキシコシティへ越してから一ヶ月、私たちが向かったのは、かつて世界の銀の半分を生産していたというメキシコにおける銀鉱山貿易の中心地の一つ、メキシコ中部に位置するサンルイスポトシ州だった。

 

サンルイスポトシ州

 

サンルイスポトシの青い鹿②>>

 

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