Correspondances | 11.8.2022

《万物は語る》第二回

ゲスト:猿 語り部:足立薫
千葉市立美術館|つくりかけラボ09|大小島真木〈コレスポンダンス〉

動物、植物、鉱物、地形、現象……、異能の語り部たちを通して語られる、人間以外の万物たちの言葉。パフォーマンスプログラム《万物は語る》第二回目のゲストは〈猿〉、語り部は霊長類社会学者の足立薫さんです。(2022.10.23)

 

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私はダイアナモンキーという、西アフリカの熱帯雨林に住む猿です。

 

皆さんがよく知っている猿は、多分、ニホンザルですね。私たちもニホンザルと同じ、猿です。

 

同じ、だけど、ちょっと違う、猿です。

 

私たちは熱帯雨林の中で、他のたくさんの、別の種類の猿と一緒に暮らしてます。

 

もちろん、同じダイアナモンキーの猿とも一緒にいます。でも、私たちの群れには、色とか形とか、顔の模様とかがちょっと違う、たとえばアカコロブスとか、クロシロコロブスとか、オリーブコロブスとかがいて、彼らと一緒に暮らしています。

 

彼らもニホンザルと同じで、猿です。でも、やっぱりニホンザルとは、ちょっと違う猿です。

 

ここに集まってくださっている皆さんは、人間ですよね?

 

大丈夫かな? 人間じゃない人はいませんか? 

 

多分、皆さん、人間ですよね。

 

人間も私たちと同じ、猿の仲間です。でも、私たちダイアナモンキーと人間とはちょっと違う。でも同じ、猿の仲間です。

 

他にもチンパンジーとか、ゴリラとか、ヒヒとか、人間たちによく知られている猿がいると思います。

 

みんな同じ猿。でも、ちょっとずつ違う。似てるところがたくさんあるけど、違うところもたくさんある。同じだけど、ちょっと違う。

 

今日は、そういうお話をしたいと思ってます。

 

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呼んでいただいたここ、綺麗な場所ですね。

 

さっきこの部屋に小さい虫が入ってきていたの、皆さん、気がつきましたか?

 

小さい虫。こんなところでも、虫がいっぱいいるんです。

 

とても美味しそうな虫でした。小さい虫は一匹だけだと食べてもそんなお腹いっぱいにならないけど、たくさん食べるとしっかりお腹がいっぱいになります。

 

なんだか、ちょっとお腹がすいてきました。今は葉っぱを食べたい気分です。私たちは葉っぱをよく食べるんです。でも、ここには葉っぱはなさそうですね。

 

あ、ここには他にも、とっても大事な存在が来ているようです。私たちが暮らすアフリカの森にいるのと同じものが、ここにもいるのを感じます。

 

人間はそれを「精霊」とか「スピリット」とか呼んでいるみたいです。森の中には本当にたくさんの精霊がいるんですよ。でも、どうやらここにもいるようですね。

 

ほら、そこにも。あ、ここにも。

 

あっちこっちに精霊たちがいるのを感じます。

 

そう思うと、この会場にもたくさんの生き物がいますね。

 

みんな同じだけど、ちょっとずつ違う。私たちダイアナモンキーはいつも、そういうものたちに囲まれて、そういうものたちと一緒に、森の中で生きています。

 

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私たちダイアナモンキーは、人間たちに「最も偉大な猿」って呼ばれています。

 

なんでそんな名前をつけられたのかな?

 

私たちは違う猿と一緒に大きな群れを作って移動するんだけど、違う種類の猿たちはみんな、私たちの後ろから付いてきます。ダイアナモンキーは、いつも先頭にいるんです。

 

多分、人間たちはその様子を見て、

 

「ダイアナモンキーはいつも他の猿を引き連れて歩いているようだ。ということはきっと、ダイアナモンキーは偉大な猿に違いない」

 

って、思ったのかもしれません。

 

偉大な猿……、人間らしいですよね。人間ってなんでも順番をつけたがる。どっちの方が偉くて、どっちの方が下で。そういうことを考えたがる人間のつけそうな名前です。

 

でも本当は、私たちは偉大なんかじゃないんです。私たちが他の猿より偉いから、群れの先頭にいるわけじゃないんです。本当のところ、私たちは、周りに押し出されるから、行列の先頭に行きがちなだけなんです。

 

群れの後ろの方には大体、アカコロブスとか、オリーブコロブスがいます。彼らは昼寝が好きなんです。なかなか起きない。動きも遅い。その点、私たちダイアナモンキーは、スリムで身軽なんです。

 

私たちダイアナモンキーは、木の中を動くときも、

 

ササッ ササッ

 

て、そんな大きい音を立てないんです。

 

でも、体重が大きい猿が木の中を動くときは、

 

ズッサーッ! ザッサーッ!

 

て、すごく大きな音がします。

 

ダイアナモンキーは軽やかにササッて進むけど、後ろの方からズッサーっていう音が聞こえてくる。

 

でも、その音を聞くことで、あ、みんなちゃんと付いてきてるなってことが分かる。でも、たまに、あ、あっちに行っちゃったかなっていうときもある。そのときは私たちも方向を変えたり、変えなかったりする。

 

そんな感じで、後ろの方の音をいっつも気にしながら、私たちは動いているんです。

 

だから、先頭に立っているからといって、みんなをリードしてるわけでは全然なくって、いっつも後ろから来る猿たちに、こっちに行けとか、あっちに進めとか、ちょっと止まっとけ、とか、むしろ命令されてる感じなんです。

 

私たちダイアナモンキーは、そんな風にして、アカコロブスやオリーブコロブス、ちっちゃくて目立たないキャンベルモンキーといった、自分たちと同じ猿だけどちょっと違う猿たちの、動きとか、音とか、鳴き声とか、気配とか、そういうのをいっつも気にしながら、大きな一つのアメーバみたいな形の群れの先っぽの方を、ちょこちょこと動いてる猿なんです。

 

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なんでそんな風にして森の中を動いていくかというと、美味しい食べ物を見つけるため、と思われています。でも本当は、見つけているわけじゃないんです。

 

実は、それらがどこにあるか、私たちはよく知ってるんです。

 

今の時期はこの辺に行けばこんな食べ物があるなあとか、こっちに行けばこういう食べ物があるなあとか、もう少し先に行けばああいう食べ物があるなあとか、全部だいたい頭の中にある。だから、私たちは食べ物を探しまわって動いているわけじゃないんです。

 

ただ、今日はどの食べ物にしようかな、どこの場所に行こうかなっていうのは、いつも考えています。

 

私たちダイアナモンキーも、一緒に移動している他の猿たちも、だいたいおんなじ食べ物が好きです。それは何かというと、森の中になっている美味しいフルーツです。

 

森には色んなフルーツがあります。今日はそのうちのどれを食べようか、決めないといけません。考えて、考えて、決まったら、そこに向かいます。

 

だいたい、先に到着した猿から食べ始めます。そうなると後から到着した猿はちょっと困ってしまいます。普通、木が一本あったらその木の中でみんな食べるんだけど、全員は一緒に入れない。先についた猿たちもフルーツがおいしくて、なかなかどいてくれない。

 

そんなとき、先についた猿に「お前どけ!」って言ってどかして、我がもの顔でフルーツを食べ始める猿もいます。

 

私たちダイアナモンキーは先頭にいるから、いつもどかされる側。でも、私たちも結構気を使ってるんです。食べ終わったらすぐどくようにして、「次どうぞ」ってするようにしています。

 

ただ、中には「もうちょっと食べさせて」としつこく食べ続ける猿もいます。後から来る猿の中にも「先に食べてはるし、もうちょっと待っとこかな」っていう猿もいる。あるいは、「いまはここ混んでるから、ひとまず他のものでも食べてようかな」って猿もいる。

 

そういうときに食べるのが昆虫です。猿たちが森の中を、ズサーッ、ズサーッって動いていくと、葉っぱとか枝とかが大きく動かされて、その裏にいた昆虫がびっくりして飛び出してくるんです。

 

その飛び出してきた昆虫を、ヒュッて取って、そのまま食べるんです。

 

あとは、葉っぱをひっくり返してみて、芋虫がいると、それも取って食べます。あ、ムカデも食べます。アフリカのムカデはすっごく大きくて、食べ応えが満点なんです。

 

あと、木の幹から溢れている樹液。これもベローって舐めて、食べます。栄養たっぷり。木の幹にはキノコもあるから、キノコも食べます。

 

みんなで一緒に食べにいくんだけど、大好物のフルーツが食べられないときは、そこにある他のものを食べるんです。何を食べるかは、すごい難しい選択。どうしよう、何食べよう。

 

もしかしたら人間が、レストランのビュッフェでどの料理を取ろうかなと悩んでるときと同じような気持ちなのかな、と思ったりします。

 

私たちは同じものを食べるから同じところに行くけど、同じところに行ったから違うものを食べることもある。一緒に行ったり、一緒に食べたり、一緒に行ったけど、別々に食べたり、別々のところに行くことで、同じものを食べたり。

 

そんな感じで、広い森の中、食べながら、動きながら、一緒にいたり、別れたりを繰り返して、生きています。

 

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ところで、森の中に住む生き物で、フルーツが好きなのは猿だけじゃありません。

 

たとえば、私たちが住む西アフリカの森には、たくさんの種類のダイカーがいます。

 

ダイカーはちょっと小さい鹿みたいな生き物です。私たちの住んでいる森とは違う森には大きなダイカーもいるけど、うちの森に住んでるのは小さなダイカーです。

 

ダイカーもフルーツが大好き。でも、ダイカーは私たちみたいには木には登れないんです。いつも、地面に落ちてくるフルーツを食べてます。それらは、私たちが落としたフルーツです。

 

だから、ダイカーはいっつも、私たち猿の群れの後ろにくっついて歩いて、猿が落としてくれるフルーツを食べてまわります。なかなか落としてくれないときもあるけど、いつか落としてくれるかなって、辛抱強く、くっついて歩くんです。

 

ダイカーは私たち猿みたいには群れを作りません。だから、私たちと一緒にいるダイカーは、いつも一匹だけ。私たちも、ダイカーも、同じ生き物なんだけど、ちょっと違うんです。

 

あと、鳥の中にも、私たちの群れに混じって、いつもついてくる鳥がいます。トゥラコです。

 

西アフリカの森にはトゥラコって呼ばれている鳥がいます。頭に帽子をかぶったみたいな鳥で、人間には「烏帽子鳥」なんて名前でも呼ばれているようです。

 

トゥラコは昆虫を食べます。私たち猿が木々の間を移動することで飛び出してくる虫、その虫がトゥラコにとってはご馳走です。私たちについて飛んでいれば、黙っていても虫が口に入ってくるから、私たちと一緒にいるんです。

 

ダイカーも、トゥラコも、私たちといると美味しいものが食べれるから一緒にいるんだけど、私たち猿から食べ物を分けてもらっているだけでは、ありません。

 

ダイカーはとっても臆病なんです。だから、ちょっとでも異様な物音がすると、すぐに「ヒュンッ」って鳴くんです。それは、地上に怖いものが迫っているよっていう合図。

 

私たち猿にとって一番怖いのは、豹が来ることです。それが一番、嫌。豹は木にはそんなに簡単には登れないんだけど、ちょっと油断してると忍び寄ってきて、私たちを食べてしまう。

 

だから、このダイカーの「ヒュッ」が、すごい助かるんです。私たちにとってのアラーム、警報機のようなものです。

 

トゥラコも同じ。トゥラコの場合は、私たちを空から襲ってくる鷹を見つけるのにすごい役立ってくれます。

 

鷹は私たちの赤ん坊をしょっちゅうさらっていっちゃうんです。でも、トゥラコがいてくれると、トゥラコの動きで、鷹にすぐ気づける。頼りになります。

 

こんな風に、私たちはフルーツとか昆虫とか、同じものを食べているけど、種類のかなり違った生き物たちとも一緒に生きています。お互いに、お互いを、助け合っている。

 

ダイカーも、トゥラコも、森で一緒に暮らす、私たちの群れの一部なんです。

 

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私たちダイアナモンキーは、いつも木の上を移動します。私たちはほぼ全ての時間を、木の上で過ごしているんです。そこはニホンザルとはちょっと違う。同じだけど、ちょっと違う。

 

私たちは木の上が大好き。いつも木の上にいたい。木から降りたくない。

 

でも、例外があります。

 

それがサコグロティスというフルーツです。私たちは親しみを込めて「サコ」と呼んでいます。このサコの実がなって、地面に落ちたとき。このときだけは例外なんです。

 

サコはものすごく美味しい。めちゃくちゃ甘い。すごくいい匂いがします。果実もすごく大きい。私たちはサコが大好きなんです。

 

このサコの実は熟れてくると、地面に落ちます。ずっと木の上になっててくれるわけじゃない。この落ちた実が、すごく美味しいんです。

 

ある季節がやってくると、サコの実がどんどん地面に落ちて、その辺一帯にすごくいい匂いを放ちます。ちょっと臭いくらい。食べ物が腐る直前の、発酵したような匂い。甘くて、でも腐ったような、なんとも言えない、いい匂いが満ちてくる。

 

このサコの季節だけは、私たちは地面に降りたいって気持ちを止められなくなるんです。本当は、地面はすごい怖いところで、絶対に私たちは降りない。木の上だけをずっと動いていたい。でも、サコがあるときだけは、下に降りるしかない。

 

覚悟を決めて、「よしっ」ていって降ります。で、大急ぎで拾ったら、即ダッシュ。木の上に駆け上がる。怖い、すごく怖い。でも、食べたい。

 

ただ、サコを食べてると、口の周りが美味しいエキスでベチャベチャになって、すごく美味しくて、気持ちよくて、だんだんと怖さが麻痺してくる。怖かったはずの地面が、何回降りても平気になってくる。普段は絶対に地面に降りることのない、赤ちゃんを連れたお母さんでも、このときばかりは赤ちゃんを地面に放って、夢中でサコを食べちゃう。

 

そういうときは危険。いつ豹に襲われてもおかしくない。でも、止められない。サコはそれくらい、美味しいフルーツなんです。

 

 

私たちは、自分たちが好きだからサコを食べてるって思っています。でも、もしかしたらこれって、実はサコの木の策略にはまってるだけかもしれません。私たちはサコに操られているだけなのかもしれません。

 

木は、綺麗な花や、美味しい蜜や、フルーツを作って、こっちに美味しいものがあるよ、こっちに来てね、とメッセージを発しています。そのメッセージに引き寄せられて、私たち猿はそこに行かされている。操られている。たまに、そんな気がするんです。

 

サコの木は、みんな集まって生えています。同じところに、たくさんのサコの木が生えています。

 

木は森の中で、お互いにコミュニケーションして、どの木が成長して果実をつけるのか、どの木がそろそろ死ななければいけないのか、どの木が美味しい果実をつけるのかということを、相談しながら決めています。

 

木は成長してどんどん大きくなりますが、動物と同じように、子供の木をのこして、自分は最後には死んでいきます。同じ土、地面に立てるのは、相談の結果、選ばれた木だけです。

 

高い木や低い木、乾季に果実をつける木や、つけない木、近くで子供とともに成長する木、動物に種を遠くまで運んでもらって子供とは別々に暮らす木。植物もまた、同じだけど、ちょっと違うものどうしで、関心を向け合いながら、暮らしています。

 

そして、それが私たちにメッセージとして伝わってくる。

 

「ほら、この甘い果実を食べて。私たちの種を、君たちのお腹に入れて、遠くまで運んで」

 

私たちはその誘惑にまんまとのせられて、地面に降り、夢中でサコの果実を食べる。

 

自分たちで、あっちに行こうか、こっちに行こうかなんて、選んで食べている気がしているけれど、実は、選ばさせられている。いいように操られて、自分で選んだことにさせられている。それが、私たちの暮らしの、本当のところなのかもしれません。

 

✴︎

 

そうそう、私たちの森にいる、私たちと同じだけどちょっと違う、別の猿のことを話し忘れてました。

 

チンパンジーと人間です。

 

同じだけど、ちょっと違う。その違いが、アカコロブスとかに比べると、この二つに関しては、ちょっと大きい。

 

何が違ってるか。まず、すごくうるさいんです。森の中でこんなにうるさい生き物は、この二つをおいて他にいません。

 

チンパンジーは、わざわざ大きな音を立てて歩いてるように見えます。ドンドンと足を踏みならしたり、這い出した木の根っこを叩いて音を立ててみたり。

 

なんでそんな大きな音を立てて歩かなきゃいけないのって思うくらい、うるさいんです。

 

でも、うるさいときのチンパンジーは、まだマシなんです。普段はうるさいチンパンジーが、ほぼ音も立てず、静かに忍び寄ってくるとき。そういうときが、一番危ない。

 

20頭も、30頭もいるのに、私たちがいる木の下に忍び足で近づいてくる。

 

そして突然、

 

ギャギャギャッ

 

て、叫び声がする。

 

私たちは慌てて逃げるんだけど、その後には、必ず誰かがいなくなってる。さらわれてる。

 

やめてほしい。なんてことしてくれるんだ。

 

そういうときは、嫌い、もう一緒にいたくないって思う。

 

でも、普段はとても明るくて、陽気。とってもいい猿たち。それがチンパンジー。

 

人間にも同じことをする人たちがいる。人間もすごくうるさい。地面を歩いてる。でも、たまに忍び足で近づいてくる。そういうときも、誰かいなくなる。

 

人間の世界では密猟者って呼ばれてるらしい。この人間たちが来た後も、誰かがいなくなってる。

 

他にも人間いっぱいいる。だいたいの人間は、私たちには知らん顔。行き交うだけ。でも、たまにやたらとしつこく追いかけてくる人たちがいます。何かしてくるわけではない。ただ、ついてくる。私たちを見ている。

 

人間の世界では研究者って呼ばれているらしい。私たちに朝から晩までついて回ったりする、変わった人間たち。

 

人間、不思議です。

 

私はダイアナモンキーと呼ばれてます。ダイアナは人間がつけた名前。ダイアナは月の女神だそうです。私たちのことを美しいと感じた人間が、そう名付けたみたいです。

 

熱帯雨林の満月の夜は、とても明るいんです。

 

満月の夜は、森の奥深くにいても明かりで周りがよく見えます。だから、満月の夜だけは、私たちは夜中でも森を移動することができる。満月の夜は、そういう特別な夜です。

 

そんな美しい月の女神の名前からつけられた、ダイアナモンキーという名前。

 

人間は美しいものが好きなんでしょうか。私たちにはちょっとよく分かりません。

 

✴︎

 

私たちは何百万年もの昔から、同じだけどちょっと違うものたちの気配を感じて、その存在を気遣いながら、一緒にいたいときはいて、一緒にいたくないときは別れて、くっついたり離れたり、それを何度も何度も繰り返しながら、森の中で生きてきました。

 

人間は最近、「多様性って大事だね」って話しているらしいです。

 

でも、多様性ってそんな特別なものなのかなって私たちは思います。

 

同じだけど違うものにいつも関心を向けながら、ずーっと食べたり、休んだり、動いたりを繰り返してきた私たちからすると、

 

多様性? そんなの当たり前じゃん

 

って思うんです。

 

皆さんも是非、まわりにいる、同じだけどちょっと違う存在に、もっと目を向けて、感じてみてください。

 

それでは、またどこかでお会いできることがあると、

 

いいかな? いやかな?

 

もしかしたら、私はもういいかも。

 

ありがとうございました。いつか、どこかで。

 

 

 

 

足立薫 あだち・かおる/1968年生。霊長類社会学者。京都産業大学現代社会学部准教授。

 

 

 

 

 

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