Index

pantarhei

2022, Stage design

Organizer : Arche
Choreography, Structure, Direction : Ayami Ida
Art Director: Maki Ohkojima

Cast.

Organizer : Arche
Choreography, Structure, Direction : Ayami Ida
Art Director: Maki Ohkojima

Cast: Natsumi Aramata, Honoka Minami, Ayami Ida (Arche), Ikumi Kurosu (Bushman), Ryosuke Suzuki (G-ray), Kotaro Mizushima


Music: Yasuhiro Kasamatsu
Sound Design: Takashi Aikawa
Lighting: Taichi Kuzumi

Stage Manager: Chikage Yuyama


In-stage video editing: Curtis Tamm, Maki Ohkojima
Advertising Art: Yagi Kanjiro
Main Visual Photography: hitoha.nasu
Documentary Photography: Hiroyasu Ohora (stills), hitoha.nasu (video)

Production: Keiichi Hayashi, Production Assistant: Shunko Toyonaga (Arche)
Cooperation: Yosuke Tsuji, Motoko Hirayama, Sibai Engine


Nagano: Subsidized by "ARTS for the future!2", Agency for Cultural Affairs
Tokyo: Tokyo Metropolitan Foundation for History and Culture, Arts Council Tokyo [Start-up Grant]

Stage view

  • 1 of 13

  • 2 of 13

  • 3 of 13

  • 4 of 13

  • 5 of 13

  • 6 of 13

  • 7 of 13

  • 8 of 13

  • 9 of 13

  • 10 of 13

  • 11 of 13

  • 12 of 13

  • 13 of 13

    Photo by Hiroyasu Daido

    Nagano performance
    19th Nov 2022 | Nagano City Art Centre, Act Space

    Tokyo performance
    26th. 27th Nov. 2022 - Kitasenju BUoY

    Text :

    • Photo by Hiroyasu Daido

      1 of 1

      How long will I be "me"?
        How long will I be "me"?

      古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは、世界の実相とは「流転」にこそあると考えた。

      火、水、土、風、命―― 世界を構成するあらゆる万物はつねに変化し、新たに生成されつづけていくものなのだ、と。

      たとえば河の流れは絶えずしてとどまることを知らない。ヘラクレイトスはゆえに「君は同じ河には二度と入ることができないのだ」と語る。

      〈私〉もまた河と同じだろう。〈私〉に流れる血は絶えずしてとどまることを知らず、あるいは〈私〉を構成する細胞は絶えずして流動を続けている。

      ヘラクレイトスに倣うなら、君は同じ〈私〉には二度と触れることができないのだ。

      しかし、それにも関わらず私たちは、ある〈河〉に、ある〈私〉に、不動の連続性、同一性を認め、昨日の〈河〉-〈私〉と今日の〈河〉-〈私〉とが同じであるということを信じて疑おうとしない。

      言い換えれば、私たちは本来なら動的な世界を静的な世界かのように仮構することで、世界を覆う無限の複雑性からかろうじて逃れることができている。

      古来、祭祀や儀礼にともなって行われてきた舞いや踊りとは、その日常とは異なる身体の所作によって、人々をかかる幻想から束のま解き放ち、あらゆる万物が不断に混融していく「流転」の実相へと誘うものであったのではなかろうか。

      あるいは、およそ芸能と呼ばれる営為の本質もその一点に、すなわち静的な〈私〉の輪郭線を揺るがせ、絶えざる生成変化の動的過程へと引きずり込むことにこそあったのではなかろうか。

      パンタレイ(万物流転)―― ダンサーの井田亜彩実と現代美術家の大小島真木が演出を手がける本公演の企図もそこにある。

      日本列島のふたつの臍である東京と長野の舞台空間に、〈私〉たちの身体を互いに分け隔てている輪郭線が揺らぎ、融けだしていくような、ひとつの境界域を生み出すこと、それによって私たちの認識と直感を、万物が相互照応的に生成変化を繰り広げていく、世界の実相へと誘いこむこと。

      言うなればこれは、〈私〉であって、〈私〉ではないものたちによる、乱舞饗宴の催しである。

      むろん、その乱舞饗宴においては、訪れる観客もまた〈観客〉という幻想の輪郭線の内側に踏みとどまることは許されないだろう。

      万物流転はあらゆるすべてを巻き込む。そこには始まりも終わりもなければ、内も外も、中心も周縁もない。

      例外なき“世界生成”の運動に〈客席〉は存在しないのだ。

      Leaflet

      • 1 of 2

      • 2 of 2

        Visual Photography : Kazuha Nasu
        Design : YAGI Reijiro

        Other Works

        ←Archives

        © 2024 Maki Ohkojima